師匠 木村勝男 会長 魂は永遠に

来る
7月10日
午前12時33分
師匠 木村勝男会長が
永眠されました。
木村会長が
今から
数年前に
スポーツジムで
トレーニングを
されておられ
トレーニングが
終わり
お風呂に入って
出られた時に
そのまま
こけて頭を強く打たれ
すぐに
病院に行かれました。
念の為という事で
頭の検査を
され
検査結果が
頭に腫瘍があるとの事。
それも
腫瘍のなかでも
グリーオーマーという
極めて
厳しい
腫瘍があると
お聞きしました。
(グリーオーマーとは
 脳腫瘍の中でも最も多くみられるのが、神経膠腫(グリオーマ)です。
 脳を形成している細胞は大きく分けると手足を動かすなどの役割を担う
 「神経細胞」と
 神経細胞を守り栄養を与えるなどの役割を担う
 「神経膠細胞(しんけいこうさいぼう)」に分かれます。
 神経細胞1個に対して
 神経膠細胞は100から1,000個もあります。
 その神経膠細胞にできる腫瘍を神経膠腫といいます。)
難病も難病で
言葉が出ませんでした。
そこから紆余曲折しながら
治療をされ
一時期は
本当にご病気をされているのかな!?
思うぐらい
お元気になられ
時間が合えば
木村会長と
一緒にお食事をご一緒させて
頂いたりしていました。
ただ。病気の事は
弊社の相談役と僕しか
ほとんど知らせていなくて。
今思えば
僕自身の心の中では
本当にきつかった。
木村会長に
感謝しかない。
20歳で
世間のイロハも何も
知らない僕を
拾って下さり
そのご縁で
木村会長の会社で
社員として
働く事になりました。
そこで
今の基礎というか
礎が築かせて頂いたと
行っても
過言ではないです!!
毎日のように
怒られて
仕事を
覚え
会長に褒めてもらいたい
一新で
仕事に夢中になって
ガムシャラに
頑張った!!!
木村会長は結果が全て!!!
だから
結果が出ると
会長から
褒められる。
数少ない
褒めらた
記憶が
未だに脳裏から
離れません。
僕にとっては
本当に親父みたいな存在で。
人間としても
心底
尊敬していたし。
木村会長に
声をかけてもらえる
だけで
テンションが上がっていました(笑)
晩年
御病気の事も
ご自身のなかでは
理解されており。
「茂山!!わしの人生本当に楽しかったと。」
 ニコニコして
 
 おっしゃられている
 姿を今でも
 忘れられません。
人間
出会いが有れば
別れがあるのは
頭では
理解しています。
理解しているだけで
納得なんか出来ないんです。
師匠 木村会長の事は
一生忘れません。
忘れるどころか
後世に繋げていけるような事を
僕が率先して
やっていこうと
思います。
何度も
何度も
言いますが。
師匠には感謝の気持ちしかなく。
最後の最後に
もっと
親孝行出来たのではと
後悔している
部分もあります。
会長が居られてから
今まで頑張って来れました。
これからも
会長に褒めらるような
生き方と
褒められるような
企業に必ずしてみせます。
師匠 木村勝男会長。
本当に
本当に
有難う御座いました。
会長の背中は
いつも大きかったです!!!
会長の教え子として
胸を張って言えるような
生き方をしていきます。
茂山富寶。